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 30年度税制改正で注目されているのが「事業承継税制」である。
 改正は相続、贈与の関係で資産課税の範疇に位置付けられているが、租税法学会に従えば、中小企業に対する政策税制=中小企業税制といえる。
 技術や雇用で日本経済に大きな役割を果たしている中小企業が、事業承継できないとなれば廃業となり技術や雇用が失われる。今後10年を見据えれば、事業承継しなければならない中小企業が多く存在する。日本にとっては喫緊の課題と言っていいだろう。

 ただし、事業承継税制は中小企業の事業承継政策の一側面でしかない。金融・補助金による支援、事業再編や技術支援など、多様な政策が用意できるからだ。
 しかし、「稼ぐ力」がある中小企業の最大のネックは、高い評価となる自社の株を後継者が一人で承継すると多額の相続税を強いられるため、株が分散したり、納税資金を会社から貸付ける必要から会社の資金圧迫を招くなどの問題が生じることである。

 平成20年にそんな問題を抱える中小企業の事業承継に関して、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」が制定された。これを受けて平成21年度の税制改正で、事業承継税制が創設された。
 この21年事業承継税制から8年ほど経過しているが、この政策税制を使った件数は1,200件ほどである。少ない感は否めない。

 その理由は、雇用維持要件(社会保険加入者であることが条件)であるとされている。
 猶予開始時の雇用者数を5年後まで80%維持しなくてはならず、それを割り込むと猶予された贈与税・相続税の全額を利子税とともに納税しなければならないとされている。
 雇用維持要件は5年間の平均と緩和されているが、中小企業にとってはハードルが高く先が見通せないだけに、そこがネックになって適用にたたらを踏むことになっていた。

 この雇用維持要件が、30年度改正では事実上撤廃される。
 最大のネックをなくしたということだ。高いハードルがなくなるので、事業承継税制を適用する件数は大きく増えるであろう。
 それによって、「稼ぐ力」のある中小企業の承継が進み、技術と雇用が維持されることを期待したい。

 ただ、若干の懸念がある。
 この税制により非上場株式の相続税が基本的に猶予される。事実上税金がかからない。
 2代目、3代目にとっては、税負担なしに企業を引き継ぐことができるが、自分で起業しようとする者との格差が大きく、不平等税制となりかねない。
 日本経済の今後を展望するなら、スタートアップ税制を格差が生じないように手当てすべきではないかといわれている。
 また、雇用維持要件が事実上なくなることで、雇用が正規社員から非正規社員に異動しかねない。或いは、雇用数自体が減少しかねない。
 というのも、消費税10%への増税が控えており、給与の支払いが益々消費税の負担に跳ね返ることになる。いきおい、派遣社員や外注へ傾斜せざるを得ないからだ。

 新事業承継税制は、力のある中小企業の事業承継を進めるであろうが、雇用劣化を招きかねず、合成すれば日本経済に負をもたらしかねない。合成の誤謬を内在させる政策といえる。
 そうすると、新事業承継税制は非上場株式の贈与税・相続税が無税となることから、金持ち優遇税制としてだけ機能することになりかねない。相続税との関係で税制の基本的検討も求められる。

 「新事業承継税制で税金をタダに!」などという税理士が出てきそうである。ある意味、そうしたスキームを組みやすい政策税制であるから、間違いなく出るといってよい。

 今回の改正は、日本経済を支えるという視点からは歓迎だが、雇用の劣化や政策税制で稼ごうという輩には何らかの規制が必要であることを視野に置くべきだ。