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 当月の「事務所かわら版」でも取り上げたが、国税犯則取締法の罰則であった「煽動罪」が国税通則法に編入され、急に注意を引くようになった。
 改正は3月27日に成立している。
 そこで、煽動罪なるもののイメージをつかんでいただくため、国犯法時代にこの罪で起訴され有罪になった事件を紹介しよう。

   戦前を引きずる法律

 まず国税犯則取締法の概要だが、 「マルサの女」や新聞記事でお馴染みの査察調査だが、その手続や処分を定めていたのが国税犯則取締法である。
 条文は「犯則アルト思料セラルル者」とか「立会ハシムヘシ」などと旧仮名遣いのカタカナ交じりで、いまどきこんな古臭い法律があったのかと思わせるものであった。
 というのも国犯法は明治23年に制定された「間接国税犯則者処分法」がスタートで、明治時代に税収の3割にのぼる酒税の徴収を行うため、密造酒を厳しく取り締まる必要から作られた法律だといってよい。この法律が戦後の昭和23年に直接税の逋脱事件も取り締まれるように改正され、法文はほぼそのままに名称を国税犯則取締法とした。
 昭和21年に新憲法が制定されているから、新憲法に則って、思想や表現の自由、刑罰に対する適正手続の保障などが国税犯則取締法と改正する時点で検討されなければならなかったはずだが、その痕跡が見当たらない。いってみれば戦前を色濃く引きずった取締法であった。

   他の罰則と性格を異にする

 その国犯法に「煽動罪」なる規定があったが、これがそのまま国税通則法の罰則となった。この「煽動罪」は税務署長や収税官吏の告発を必要としない点で、他の国税犯則事件と性格を異にしている。

   煽動罪が適用された事件

 昭和27年、沼津市で国犯法の「煽動罪」違反として警察が逮捕し起訴した事件がある。吉田茂政権のとき、「平和のために再軍備の徴税に反対しよう」という標題のビラを作成して新聞の折り込み広告として配布したり喫茶店のテーブルにおいた行為が「煽動罪」とされた。
 言論の自由を規定する憲法違反だと最高裁まで争ったが、「戦争のための重税は一文も払うな」という文章は吉田政権の税制批判に留まらないとし、ビラによって相手方がその内容を理解したかどうかに関係なく、煽動した行為があれば即座に犯罪が成立するとして懲役6月、執行猶予3年の有罪が確定した。
 昭和5年に治安維持法の煽動罪で有罪とされた事件で、「煽動とは他人に対し、決意を助長せしむべき勢を有する刺戟を与うることを指称す」と判決した論旨と同じである。
 煽動罪は形式犯で煽動の行為があれば、その時点で犯罪が成立するというのだ。

 昭和26年に広島で国犯法の煽動罪で起訴された事件は、同じような内容を演説で煽ったことが罪となった。
 この判決でも「聴者が何等かの反響を起こしたか否か、あるいは聴者があることをなすかなさざるかの決意を生じたか否かは煽動の結果であって、煽動自体とは何等関係のないことである。」として有罪としている。

   税金闘争が標的に

 二つの事件を紹介したが、税制や政策に対する批判と脱税を煽ったことの線引きは微妙である。
 以前、総評が税金闘争を展開したことがある。1974年の春闘で労働者にも必要経費を認めろとする税金闘争で、3年間ほど継続して取り組んだ。
 総評が指示した内容は、組合員である給与所得者にも通勤自動車費、被服費、研修費などを給与所得から控除すべきであるとし、所得から差し引いて還付を求める確定申告書を集団で作成し、税務署に提出したものである。
 なかには国家予算に軍事費が占める割合分の税金を還付しろという者もあった。
 総評の力が大きかったから煽動罪でやられなかったものの、狙い撃ちしようと思えば、こうした運動が煽動罪で告発される可能性はある。

 国犯法の廃止と国税通則法編入で、眠っていた煽動罪が、共謀罪との密着性と絡みながら急に目立ち始めている。
 過去の話と侮ってはいけない。国税通則法の煽動罪はいってみれば納税治安維持を思想的に防御する罰則として、時の政権が発動しかねないから、十分な監視が必要だ。