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  透明性も予見可能性もお構いなし

 昨年11月に国税通則法が改正され、調査手続きがはじめて法制化された。行政手続が法制化されるということは、基本的に行政庁の手足をしばる性格をもつ。
 国税通則法改正も税務当局が調査を行う際には、開始から終結に至るまで、課税庁にきちんとした手続きを踏むように法制化したものなので、課税庁に対して規制的に作用するものである。
 そもそも、税務調査における納税者の透明性と予見可能性を高めるために法制化する、というのが改正趣旨である。
 この改正は平成25年1月1日以後の税務調査から適用されるが、国税庁は適用開始前までに関係通達を制定するとしていた。その通達案が7月2日、「国税通則法第7章の2(国税の調査)関係通達(案)」として47項目がパブリックコメントに付された(意見は7月31日に締め切られている)。
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 結論から言えば、納税者の権利や透明性・予見可能性を後方に追いやり、税務署が都合よく対応できるような書き振りで、改正趣旨に反するばかりか、条文そのものからも逸脱するひどい内容である。
 民主的な税理士で組織する東京税財政研究センター(理事長・永沢晃)は、逐条的に検討して意見を上げたので、詳しくはそちらのホームページをご覧いただきたいが、今後の税務調査における影響が大きいので、ここでも問題点を絞って取り上げたい。

  改正通則法の大事なポイントと
   通達案のごまかし

 通達というのは行政組織が部内の職員に対して取扱いを統一するために示す文書である。したがって、納税者が通達によって判断や行動を規制されるものではない。
 とはいえ、調査官が通達に基づいて行動することになれば、おのずと影響を受けることになる。だから、問題含みの通達を制定させたり、運用させないようにしなければならない。
 通達案の何が問題なのかを見るために、調査手続きに関して通則法改正の大事なポイントをまず見ておきたい。
 それは質問検査権に絡む物件の提出と留め置きの規定である。

 質問検査権は各税法で規定されていたが、通則法に1本化された。
 質問検査権自体の規定ぶりはこれまでと変わらないが、調査官(当該職員)は必要があるときは物件の提示・提出を求めることができることが条文に明記された。
 ここで大事なことが二つある。
 ひとつは、質問検査権とは具体的にどういうことかということは法制化されず、『質問し、検査することができる』と、これまでと同じ規定になっていることである。
 もうひとつは、調査官が提示・提出を求めることができる、としたことである。
 物件には写しが含まれることも法制化されたので、コピーの取り扱いについてもすっきりした。
 この手続きが規定されたことにより、提出物件の取扱いも法制化された。
 提出された物件は「留め置き」、必要がなくなったときは「速やかに」「返還」しなければならないと法制化されたのである。
 ここが大事なところである。
 つまり、調査官が要求し、それに応じて提出した物件は、コピーも含めてすべて返還されるのである。

 「必要がなくなったとき」とは、どんなに遅くともその調査が終わったときである。
 というのも、税法は「税務署長は、申告書の提出があつた場合において、課税標準または税額が規定に従っていなかったとき、その調査したところと異なるときは、その調査により税額等を更正する。」と規定する。
 ただし、ここでいう「調査」と何かについての規定はないが、税務署長は関係職員に調査させるのだが、関係職員には質問検査権が付与されているので、その調査方法は質問し検査することによってなされることになる。
 この行使に対して、納税者が質問に答えず、あるいは虚偽の答弁をし、または検査の執行を妨げた場合は罰則が適用されるという構造になっている。
 調査の目的は更正であるから、更正が打たれれば、それで調査は終わる。
 答弁せず検査を妨害すれば青色なら取り消しを行なったうえで推計課税により更正し、あわせて罰則の適用を行って調査は終わる。
 つまり、終わらない調査はない。
 調査が終われば「必要がなくな」るので、留め置いている物件は返還される。調査官が返還しなければ、法律違反だ。手続法違反の調査は違法調査であるから、違法調査に基づく更正自体が違法となる。
 これが改正通則法で法制化された調査手続きのひとつである。

 さて、国税庁が示した通達案だが、「1-1調査の意義」として、次のように書いている。
 「調査」とは、国税(法第74条の2から法第74条の6までに掲げる税目に限る。)に関する法律の規定に基づき、特定の納税義務者の課税標準等又は税額等を認定する目的その他国税に関する法律に基づく処分を行う目的で当該職員が行う一連の行為(証拠資料の収集、要件事実の認定、法令の解釈適用など)をいう。

 ここで問題となるのは、「証拠資料の収集」である。これは、もうお分かりのように改正通則法では行いえない行為である。それをごく当然のように通達に書き込んでいるところがいかにもの感である。

 続いて通達案「2-1留置きの意義」として次のように書く。
 ⑴ 法第74条の7に規定する「提出された物件の留置き」とは、当該職員が提出を受けた物件について国税庁、国税局若しくは税務署又は税関の支配下において善良な管理者の注意をもって占有する状態をいう。
 ⑵ 提出される時点で提出者から返還を求めない旨の申出があった場合には、占有を継続しても留置きには当たらないことに留意する。
(注) 調査の過程で、当該職員に提出するために納税義務者等が新たに作成した物件(申述書等)の提出は、法第74条の7に規定する留置きには当たらないことに留意する。

 (2)と(注)が問題である。改正通則法ではなしえない「証拠資料の収集」を当局の都合でできるようにしようという意図が丸出しの書き振りとなっている。
 「提出者から返還を求めない旨の申出」が自主的になされるかのようだが、改正通則法を読んだ税理士なら返還を求めない、などということはありえない。そんなことをしたら、納税者からなんでかってに渡したのだと、損害賠償の訴えを起こされかねない。
 こうした書き振りで証拠資料の収集を実現しようということなら、現実問題としては専門家でない納税者を調査官がうまく仕向けて、要はごまかして返還を求めないように誘導することになる。
 法を守るべき行政官庁が、職員に詐欺まがいの行為をやらせてよいわけがない。だが、この通達案では職員はそうした行為に走るだろう。
 調査官に対しても、納税者に対しても実に失礼な行為を求める不遜な態度といえる。
 (注)はさらに問題がある。
 通達案では例として「申述書」を揚げている。ここでいう申述書とは何か。
 納税者が自らの処理の正しさを証するために、見解を書面で述べることがあるかもしれない。確かにそれも申述書といえるであろう。それを指しているのならそのように分かるように記述すべきである。
 申述書などというのは税法のどこにも出てこない書類であり、それを例に出すのはけしからん話である。
 これまでの税務調査における実務では、「申述書」なる書面は、調査官が不正を行った納税者に対し、不正の証拠固めとして、あるいは重加算税が賦課されても文句を言いませんという内容を書けと指示されて提出する書類である。
 要は、「悪うございました。これからは不正はやりませんので、寛大な処分をお願いします。」という、お上に対する懺悔である。
 こうした現実の実務を知りながら、あたかも納税者が自主的に提出するかの書き振りは問題であろう。ごまかしをごましだと指摘されないように装飾した通達案だが、いかにも税務官僚の作文であり、恥もなく公表するところにこの国の病理を感じる。
 申述書について百歩譲ったとして、調査官が提出を求めて提出した物件は、申述書であれ、どの時点で作成したものであれ、留め置きとなり、調査が終われば返還しなければならないと改正通則法は規定したのである。
 通達ではむしろ「いま実務で調査官が求めて提出している「申述書」も留め置き物件に当たり、必要がなくなったとき、つまり調査が終了したときは返還する」とすべきなのである。